2003年4月4日

部屋の窓からかすかに桜島のすそ野が見えた。今日は昨日より雨がひどいらしい。3月から4月にかけての九州は菜種梅雨とか、知らないもん。8時に出発、しばらくして帽子を忘れたという人が居た、良くある話だ。添乗員が走る、部屋にない、勘違いでかばんに入っていた。天照大神の孫でににぎのみことをお祭りしてある霧島神社にお参りする。栄ちゃんは来たかった場所のようです、私も初めてでした。神社で巫女が手に持つおがたまの木が有った、私は桐の実だと思っていたので思わず笑ってしまった。四角い竹も見た、切り口を見て確認した。旅の無事と家族の健康など祈る、二礼二拍一礼。途中湯の滝が有った。ホテルの前に戻り高速道に入る、横川からえびの、人吉、八代と行くのだが阿蘇外輪を抜ける高速道は山また山、特にえびのから人吉間は23のトンネルが有り一五番目の庇護トンネルは6400メートル、もう1本6000強のトンネルが有る、日本三大急流熊川に沿って熊本県の県境もトンネルの中。ようやく八代亜紀の古里八代に出た。私は人吉も八代も来たことがあるが今八代はい草が青々と広がっていた。岡山に次ぐ原産地だそうです。八代から松橋(まつばせ)を通り三隅から天草への橋を渡る。昭和30年に私は三隅まで来ていた、ここに橋が出来ていずれはつながると話に聞いていたが、やっとその橋を通る、そこはもう宮崎県だ。海の向こうの普賢岳は雨のため見えなかった。海も少々荒れていた、旧暦の8月頃この海の向こうに不知火が見えるということでした。諫早のむつごろうも最近はいないそうです。海を見ながら海岸線を走りパールセンターでたこ飯のお昼、天草四郎ゆかりの記念館とか、激戦地の祇園橋など見て鬼池から津の口までフェリーに乗る、約30分、船から見える空に一直線に雲の切れ目が有った、あ、晴れる、そう思った。バスの旅はトイレ休憩と称して土産物店に連れて行かれる、今回ガイドさんは九州全県に平等にお宝を落として欲しいと言っていたが、ついつい買ってしまう。

それも旅の楽しみです。5時半頃の予定と言っていたが長崎の山手のホテル矢太楼に着いたのは6時でした。早速浦山さんに電話を入れる、タクシーで駆けつける、大きなリビングに通された、ピアノが置いてあった、陽子さんが使ったのでしょう。ご挨拶を済ませお茶を頂いた後寺町を歩いて料亭一力へ行った。やはり坂の町玄関から少し階段を下りて座敷に通されたが廊下の壁に伊藤深水の絵が有った。バスで添乗員さんが卓袱料理の話としておひれを最初に済ませると聞いていたがおひれって何なんだろうと疑問だった。丸い大きなテーブルに既に4つのお皿が出ていてひとつのお皿に人数分の物が4品ずつ盛ってあった。各自の取り皿の中に白い磁気の杯が有った、取り箸は無く、4人が座ると蓋付きのお椀が配られた。さあ、どうぞと言われて私は思わずおひれってどれですか?と聞いた。浦山さんがお椀の蓋を取り、これがおひれです、とにかくどうぞ。お吸い物でしたがとても良いお味でお腹も空いていたし、一気に食べた。改めて乾杯したり話がはずんで気が付いたら9時半でした。料理も後から後から出てきて特にワタリガニの甲良グラタンは最高でした。女将が言うには卓袱と言うのは丸いテーブルの事で取り箸無しのじか箸で和洋中華の料理が卓袱料理で和華

蘭(わからん)と言いました。4人で思案橋まで歩きタクシーでホテルに帰りました栄ちゃんも善ちゃんも風呂も良いと横になりましたが、私は部屋の風呂に湯を張って足を休めました、窓を開けると一千万ドルの夜景が見えました。

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