2001年10月20日

朝6時に起きる、市6会ミニ同窓会、目的地は伊豆の修善寺。7時半に家を出て、9時の踊り子号に乗る。横浜で4人乗り込んで総勢12名、終着駅の修善寺駅に着く。駅前で先ずは腹ごしらえをする、朝が早かったのでみんなはらぺこのようでした。駅の観光案内を見ながら、修善寺へ行くために荷物をロッカーに預けた。地図を頼りに歩き始めたが、車がびゅんびゅん走る道の路肩を一列になって歩いた、これは変だと気が付いたがもはや半分は来ていたと思う。前に行くしかない。4キロ以上も歩いてやっと修善寺温泉街に着いた。考えて見たら地図は温泉街に着いてからの散策用のもので、駅からそこまではバスとかタクシーとかを使うのが順当のようでした。私も修善寺温泉へは2度ほど行きましたが、東京からバスとか駅からは旅館のお迎えとかで、あまり町の様子は知らないから。それでもやっと修善寺についた。こんな小さな所に頼家が幽閉されていたんだ。修善寺は私にとっては想いが深い場所なのです。演劇部の先輩がコンクールに出演して修善寺物語で賞を取った。それまでは同好会だったものが昇格して部活に予算がついたのです。そんなことも有って私は新婚旅行に修善寺を設定しましたが、33年、台風の大きいのが来て狩野川が氾濫、急遽富士五湖めぐりとなってしまった。ここ20年の間に伊豆のあちこちを旅する機会が有り、やっと修善寺に初めて行ったときはそれなりの感激が有った。ガイドさんは必ず狩野川の台風の説明をする、水に浸かったそのシミ後のついた土塀などの説明をする。大変だったんだあと、子供の頃やはり台風で実家が2度も水に浸かった経験があるので、変に納得したものでした。ほとんど団体旅行なので修善寺の町の中の散策などしたことがない。だから2度も温泉には行ったけれど修善寺には行っていない。今回是非行きたいと言うことでしたが、ちと方法を誤ってしまったようです。とっこの湯は工事中、疲れた足を引きずってそれでも1時間あまり散策をしてかんぽの宿へ。

かんぽの宿はさらにその奥、荷物は駅のロッカーです。今度は代表3人がバスで駅へ荷物を取りにいく、小久保さんと小松さんと私。12人分の荷物を持って叉バスに乗る。4キロの道をバスで往復して温泉街から仲間が乗り込む。5時過ぎようやくかんぽの宿に着く。土曜日なので部屋が取れなかったのか、男子5名、女子7名で2部屋。

鍵を貰って部屋に入ると驚いたことに8畳間だ、ええっ、ここに7人寝るの?って、私、西さんいわく、タオル5枚しかないよ、浴衣も5枚だよ。部屋を間違えたようでした。男子の部屋から電話が有って、浴衣が赤いけど、そっちも赤いの?だって。

そうでしょう、いくら何でも8畳で7人はないよねえ・・て云いながらみんなで行ってみたら10畳間でした。まるで修学旅行のようです。幹事さんは大変なんだから文句を言うなって。温泉に入って6時から宴会、話が弾んで8時半まで、さあ、俺が奢るからカラオケに行こうと杉上さん、でも残念でした、12時まで予約がいっぱいとか。結局女子の部屋で11時まで歓談した。平林さんの傑作版が飛び出し彼の独演会となる、笑い転げてのどが痛いほどでした。続きは次回だそうです、みなさん、こうご期待!。食事前に温泉に行かなかった人が湯に入り12時過ぎに眠りに就く。しかし、咳をする人、不整脈が出たと騒ぐ人ありで、とろとろと何時眠りについたのやら

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